猿神大学

数学についてあまり書きません。

そして、僕は理系になった

続きです。 

 

 

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今日も

sarugami-univ.hatenablog.com

 

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高校進学だが、僕は家から一番近い進学校へ行った。実態が、進学校と言えるものだったかはさておき。

 

本当は、電車で90分ほどの県内トップ校に進学したかったのだが、親の反対もあり、市内の学校に進んだ。

県内トップ校に行きたかった理由は3つある。

 

1つは純粋に「頭のいい環境に揉まれたかったから」というものだ。トップ校に行けば、賢い人も多い。自分にとって刺激になるだろう。

これは、すごくポジティブな理由と言える。

 

もう1つは「自分に頭のいいレッテルはいらないから」というものだ。中学時代、成り上がりタイプだった僕は、気づけば古くからの友人も「まあ、お前は頭がいいからな」みたいな感じで、僕の馬鹿を容認できなくなっていた。僕はこれが苦痛でしかなかった。自分のアイディアや感情が、他者の客観に否定され喪失されるのは悲しい。

僕は教科書に書いてあることしかわからない。圧倒的な閃きやセンスは有していなかった。自分を劣化教科書だと思っていた。

僕は自分が県内トップ校に淘汰され、上位レベルに揉まれ、…という中で、知識だけの人間の無力さや閃きの持つ圧倒的なパワーを受け、自分の頭のいいレッテルがはがされることを願っていた。かつて有象無象だった少年は、心のどこかで「有象無象になりたい」と思っていた。

これは、ひどくネガティブな理由だろう。

 

もう1つは…

 

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僕は推薦入試を使って、高校へ入学した。

 

僕の進学した高校は、正直ひどかった。

大学院を出てマジもんの進学校出身の人と会ったこともあるが、とりあえず地方の進学校はひどい。

普通高校入試は5教科500点満点の試験を受けるのだが、僕の入学年は定員割れがあって、上位は400点台後半、足切りは200点という状態だった。

僕は推薦入試だったので試験問題すら知らない。

 

そういった人間が文理区分もなく一様に同じ学級で授業を受けていると、授業中のうるささや理解度に依存した進捗など、その弊害は当然生じる。

 

中学時代の僕はある程度、それを容認していたはずだ。

ただ、高校時代の僕は、いろいろと悩んだ。

 

僕の中学校は市の外れにあった。たまに行くローソンが娯楽だった。

そんな田舎の良い空気を吸いながら、ある程度少人数で授業を受けていると、自然と仲良くはなり、互いの性質に寛容になる。

いわゆる不良も、自転車乗るときはヘルメットしているし、バスケでファールされても「拳を出したら喧嘩だから」といってケツで殴ってくるような中学校だった。

そういう奴らが勉強で困ったら僕が教える感じだったし、彼らはある程度「理解しよう」という気を見せていたので、僕もすごく応援していた。何より暴力がなかった。

とにかく、倫理観のない根っからの悪はいなかった。

 

ただ、高校で出会った人間は違っていた。

僕はそういった人間と触れ合う上で、免疫がなかった。

 

「課題を見せてくれ」とお願いされ、僕は「ただ見せるだけじゃ理解につながらないから」と思って解説をしながら教えると、「そういうのいらないんだよ!」とどつかれたこともあったし、当然それが繰り返された(一回教えたら繰り返されることはないんだけどなあ)。一回理解したらいいのに、と何度も思ったか。

 

 

このあたりは、とりあえず課題の量でゴリ押す高校も高校だし、そういう人とはプライベートで距離を置くようになったのでいいのだが、結果として「勉強を教える」ことに不安ないしストレスを覚えてしまった。

 

また、そういった人間と勉強をすることは無理だと思った。そういった人間が授業中寝て怒られてる時間とか、つまらないギャグで授業を止める時間とか、そういったものがストレスになりつつあった。

 

僕はそのときまでストレスとはわりと無縁な人間で、理不尽なことがあっても翌日元気!みたいな感じだったが、このあたりから頭痛や腹痛、睡眠不足など、ストレスが体調に現れるようになってしまった。

 

トップ校に行きたかった理由のうち、最後の1つは、「勉強が好きだったから」だったんだと思う。みんなが勉強に目をぎらつかせて、授業を受けるようなそんな環境が憧れだったんだろうなあ。

そういったことを思うようになってから、次第に高校に行きたくない気持ちも芽生えた。

 

 

2年になり、文理選択があった。

実はこの時まで、僕は文系・理系を知らなかった。

うちの高校は普通科・理数科があった。理数科は実質特進みたいな感じで、希望者の上位からとるものだった。

僕は社会の教員になりたかったので、本来であれば文系クラスに進むのがフツーだが、、文系クラスでストレスを感じながら授業を受けるのは無理だと思った。成績はある程度よかったので、成績というフィルターのかかる理数科を選択した。

 

この選択は実に消去法的だった。

このとき、第三者に迎合できない自分は教師に向いていないように思った。

 

一応、ここでタイトルの「そして、僕は理系になった」は、世間的な意味合いで達成されたことになる。

結果、文系と思っていた自分が理系と思い始めるのはここからである。

 

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さて、理数科には「課題研究」という授業がある。

 

ja.wikipedia.org

 

理系科目(数学・物理・化学・生物・地学)あたりからテーマを一つ選択し、それについてテーマを決め、レポートをまとめ発表する、みたいな授業だ。

 

僕は「は?理系科目?」みたいな感じで理数科に進んだわけで、この教科選びは非常に悩んだ。

 

「例年生物班は女子が多い」

「例年化学班は女子が多い」

 

といろいろな情報に心身ともに踊らされたが、僕は数学を選んだ。

理由は2つある。

 

  1. 当時の僕は部活をやっており、夏は合宿に大会と忙しかった。理科系の班は、例えば「夏休み中に植物を育て観察する」みたいな展開が多く、そういったときに自分の部活動か課題研究でばつの悪いことになりそうだと思った。そのため実験のない数学を選んだ。
  2. 冷静になると女の子は直接喋るよりも遠めに眺める方がいろいろ捗る。そのため、女子の希望が例年少ない数学を選んだ。

 

まあ、「数学じゃないとダメ」という理由はなかった。これもまた結構消去法的な理由だった。

 

で、「逆に数学以外に配属されたらきつくね?」と思い、課題研究の班分けの希望アンケートは第1希望から第3希望に「数学」を書いてアンケートを提出した

 

「ま、理数科やし、数学めちゃくちゃできる奴が何とかやってくれるやろ!」

 

そう思っていたんだ。

 

 

そう思っていたんだ…。

 

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課題研究の班分けが発表され、初回の打ち合わせがあった。

僕は当然数学班だった。

 

数学班担当の先生(当時の担任)は、その時こういった。

 

先生「実はな、第1希望から第3希望に『数学』って書いたの、(僕)だけなんだよね」

僕「え、じゃあ、他の班員はどういう経緯で数学班に!?」

先生「こいつら、みんな課題研究の班分けアンケートの提出遅れなんだよね」

 

何ということだ。

 

理数科にいながら、形式的にでも数学に興味を持った人間が僕だけで、その僕も消去法的に選択しているという事実も衝撃だが、それよりも、数学班に所在するということが「提出期限を破った罰」と同義であることが問題だ。

 

先生「じゃあ、みんなでテーマを決めるか」

みんな「はーい(教科書をぱらぱらめくる)」

僕(決めるも何も、この流れだとやる気のない連中ばっかりが「やる気のありそうな僕」に頼る絵面が容易に想像できるんだが…)

 

そんな感じで全7人(だったはず?)の数学班はテーマを選択することに。

 

友人A「去年の数学班ってどんな研究してたっけ?(去年の資料を見る)」

友人B「あ~、懐かしい!これ覚えてる?このマクローリン展開より、以下が従う』って一文!意味わかんないよな」

僕「ああ、確かにみんなご存じ感出してたけど、正直意味わからないよな、説明不足だと思ったわ」

 

と、マクローリン展開にスポットが当たった後、

 

友人C「そういえば、僕少し疑問だったんだけど、これってどうやって求めているんだろ?」

 

と彼が指さしたのは、数学Ⅱの教科書の後ろに記載されていた

 

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三角関数

これだった。

 

僕「いや、そんなのぜってーつまんねえよ」

先生「いや、それをテーマにしよう」

一同「「「!?」」」

 

友人A「俺の『マクローリン展開』の証明は夢に終わるのか…」

先生「そんなことはない、それらはつながる

一同「「「!?」」」

 

先生「リーダーは(僕)!!各自研究を進めるように!」

一同「「「はい!」」」

 

僕(いやこいつら「はい!」って言ったけど、そもそも罰で数学班なんよな…?マジでやってきてくれるのか…)

 

今思うと、すごく繋がるのだが、このあたりは

次回の「正直、不登校もしてもいいと思うの」編で語ろうと思う。

 

続く。