猿神大学

数学についてあまり書きません。

少年時代/井上陽水

人によっては、おはようございます。

三角関数ちゃそです。

 

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今日見たエロ漫画

 

基本、家のパソコンで勉強やらTeX打ちやらコーディングやらしているときは、Youtubeで作業用のBGMを垂れ流しているのですが、ふと

 

「少年時代/井上陽水

 

がふと流れたので、一筆。

 

下記の記事で、中学の時に好きになった女のことを触れています。

 

sarugami-univ.hatenablog.com

 

当時、彼女とは、僕が合唱コンクールで指揮者、彼女が伴奏者という形で、いわゆるウハウハイベントは起きています。

 

ちなみに、僕は

 

「歌下手だけど、声がでかいから指揮者がいいんじゃない?」

 

と言われて指揮者をやっています。

 

あれから、真心で歌を歌ったことがありません。下手って言われるなら、下手のままでいい。

 

これが教育なのでしょうか。

 

まあ。

僕は指揮者として、一生懸命腕をぶんぶん振るんですよね。

 

合唱コンクールは、夏休み明けで、当時の伴奏者彼女と指揮者僕はともに運動部で、夏休み中も練習が日中あって、みたいな環境下で、夕方、彼女の家に電話をかけて、僕が

 

「明日休みなんだけど、校舎来れる…?」

 

みたいなこと言うんですよね!!(まだLINEがない時代だし、ケータイも持っていない時代だから、家に電話するんだ…)

 

これ、元々好きな女の子じゃなくても好きになるイベントですよ!

 

これ、先生の采配に感謝ですよね!!

 

(当時の担任は、僕と「ミルザムデッキに、アルファディオスは要るか?(出たら強い上で、出ないときにデッキスペースを圧迫するのが問題である)」といったの議論で語る仲だったので、ここは強い信頼があったと思っていいはずです。)

 

で。

僕は、その本番、合唱コンクールで失敗しちゃうんです。

 

 

失敗したのは

 

伴奏者の女の子はボロ泣き

 

 

でも、なぜかクラスの賞はいただいて、僕と彼女以外、大喜び。

変に周りが僕を悪者扱いしてくれた方がよかったんですけど、そうはならず、泣いている彼女はずっと自分のせいと思っていて、僕はずっと僕のまま。

 

これ、好きな女の子と…みたいなエピソードで言ってますけど、フツーにトラウマですよ。

 

自分の、音楽性に関する諸々のセンスとか、考えとか、クソになりましたもん。

 

僕は、彼女と中学校同じなうちは、メロディーも口ずさめないくらいに心的に疲弊しましたよ。

 

いや、中学出てからも、相変わらず音痴ですし、急に「採点カラオケ」とか始める人と行くカラオケは嫌いなんですけど。

僕は、でも、結構歌を歌うのが好きというか、メロディーをそれっぽく口ずさむのが好きで、その観点では、音楽が結構好きだったんですよね。

 

音痴だったけど。楽器も下手だけど。

リズム乗って、声出して、仲がいい友達が乗ってくれたらいいじゃないですか、みたいな。

 

で。

 

僕は、中学時代、指揮者でコケた思い出を胸に高校時代、「美術」と「音楽」の選択教科の選択を強いられて、「音楽」を選んだんですよね。

 

美術が得意、とは言いませんが、多分、美術よりは向いていない音楽を選びましたよ。

なんか、カラオケっていくらでも断れるし、断っても生きていけるでしょうし。

でも、そう思うと、第三者から採点される「音楽」に向き合う機会って二度とない気がして。どこかで殻を破ると言いますか、そんな機会が欲しかったのもありますね。

美術も下手なんですけど、まあ、意気込みとしてね。過去があるんでね。

 

その、音楽の授業のテストが、

 

「少年時代/井上陽水

 

の歌唱テストでした。

 

先生は言いました。

 

「この歌詞と向き合ってください。」

 

僕は高一にして、この歌と歌詞に向き合います。

 

僕は、この時から、この歌に呪われています。

 

詳しくは、少年時代の歌詞を読んでください。

 

夏は過ぎないし 「風あざみ」なんて言葉はない…

 

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僕は、歌唱テストで、音をたくさん外して、音楽の先生から何度も怒られて、

 

「君はこの歌を歌うに向いていない!」

 

とか言われながら、僕は

 

「じゃあ、何なら歌えるんですか!」

 

とか口げんかする感じでした(音楽の先生とは結構仲良かったはず…)。

 

音楽の先生は僕に言います、

 

「音が取れていない、それは、君が『技術的』に劣っているところだ」

 

と。

 

それは納得しましたが、正直、僕のほかにも、音はとれていない生徒、すなわち『技術的』に劣っている生徒がいた気はします。

だから僕は、先生に、意地悪な質問をしました。

 

「正直、僕よりも下手な生徒はいます。でも、彼は、テストを合格したと言っていました。その人よりも、今の僕に足りないものは何でしょうか?」

 

先生は答えます。

 

「この『少年時代』に、君は心を投じているか」

 

と。

 

 

夏が過ぎ風あざみ

 

 

風あざみ。

 

この言葉の意味は誰が知るのでしょうか。

 

少なくとも僕は、その『風あざみ』がわかりませんでした。

 

そんな人間に『風あざみ』を表現するのは難しいでしょう。

 

「この『少年時代』に、君は心を投じているか」

 

先生は、言葉を続けます。

 

「君よりも歌が下手な人間もいたけど、『風あざみ』を彼なりに表現してくれた」

 

「だから、彼は合格。」

 

「でも、君は、どこか、歌を歌うのに、恥じらいを感じる、思い切りがない」

 

「だから、『風あざみ』になれない」

 

 

ああ。

 

僕の歌に対する、この恥じらい、照れ、羞恥は、いまも、こうやって。

 

どうして、風あざみ、じゃないんでしょうか。

 

夏が過ぎ風あざみ

誰のあこがれにさまよう

青空に残された

私の心は夏模様

 

夜の風が、肌にぬるくなってきました。

 

僕は、あの授業で、音楽が何か学ぶに至りませんでしたが、

 

しかし、風あざみは学べた気がします。

 

風あざみは学べたのですが、

 

夏が過ぎ風あざみ

 

だけは意味わかりませんね。

 

 

 

夏が過ぎない。