猿神大学

数学についてあまり書きません。

「依存の向き」について思う

ε-δ論法の勉強をする中で、私は、「どの変数が何に依存しているか」を自然と考えるようになった。

図らずも数学の道からは外れたが、いまもそのとき培ったセンスは内在している。

そして、これはエンジニアにとって重要なパワーなのではないか、と最近思う。

 

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例えば。

Aさんの「試験合格おめでとうパーティ」をするにあたり、あなたがその幹事を任されたとする。

 

そのパーティの開催を決めるにあたり、与えられる変数はAさん由来のものである。

 

私がAさんを心から祝福したいとして、以下を尊重する:

 

・Aさんが来れる日時

・Aさんの行きたいお店

・Aさんが好きな食べ物の出るお店

・Aさんが嫌いな食べ物の出ないお店

・Aさんが呼びたい人が多く集まれる日時

 

そうなると、このパーティは

 

パーティの5W1H=f(Aさん)

 

なのである。

変数はAさん。

 

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AさんとBさんが同じ試験を受けて2人とも合格したとしよう。

 

私がAさんを心から祝福したいとして、以下を尊重する:

 

・Aさんが来れる日時

・Aさんの行きたいお店

・Aさんが好きな食べ物の出るお店

・Aさんが嫌いな食べ物の出ないお店

・Aさんが呼びたい人が多く集まれる日時

 

・Bさんが来れる日時

・Bさんの行きたいお店

・Bさんが好きな食べ物の出るお店

・Bさんが嫌いな食べ物の出ないお店

・Bさんが呼びたい人が多く集まれる日時

 

条件が増えた。

このパーティは

 

パーティの5W1H=f(Aさん, Bさん)

 

なのである。

変数はAさんとBさん。

 

当然ながら、こっちの幹事の方がつらい。

変数が多いから。

 

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2元連立方程式を解くとき、加減法を用いる。

x、yふたつの変数のうち、xはyに依存するものとして考える(その逆もしかり)。

その結果、2変数あった問題が1変数の問題に見え、解くことができる。

変数が減ることで、問題の構造を簡易化できる。

 

「そんな加減法なんて使わなくても、行列を使えば一発ですよ」

 

そういう人間も、xとyの2変数を(x, y)という1つの組に見ている。

組としてみることで、自由に動くかもしれない変数の個数を減らして眺めているに過ぎない。

 

着眼点が変数から組になっただけで、モチベーションは同じ、

 

「複数のものを扱うのは難しい」。

 

アプローチは減らす。

xかy。一方をなくすか。

xとy。1つとみるか。

 

 

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例えば、Aさんの親友が、Bさんと仲が悪かった時。

例えば、Bさんの好物が、Aさんのアレルギーだった時。

 

どちらが我慢するとか、どちらを優先するとかはない。

 

独立した変数なのだから。

 

だから、一方を消したり、

あるいは二人を1つのものとして扱ったりはできない。

 

独立した変数なのだから。

 

 

とかく人間関係は難しい。

 

もっと、AさんがBさんで表せるくらいには単元化してほしい世界だった。

 

 

…なんて書くと、まるで病んだようだが。

 

人間関係じゃない、コーディングとか論証とか数学とか。

 

そういうところくらい、「依存の向き」に執着して、成果を出したいねえ。

 

エッセーでした。ちゃんちゃん。